【特別インタビュー】
小説「風が吹いたり、花が散ったり」
著者・朝倉宏景さん

『視覚障害者ランナーと伴走者が猛スピードで僕を追い抜いていった時、物語が生まれた』

視覚障害者マラソンを題材に、登場人物たちの成長を描いた小説「風が吹いたり、花が散ったり」(講談社)が発刊された。この小説は、居酒屋で働いているフリーターの主人公・亮磨が、視覚障害者の市民ランナー・さちと出会い、マラソンの伴走に挑戦することを通じて成長していく物語だ。
著者は、第7回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞した小説「白球アフロ」を執筆した朝倉宏景(あさくら・ひろかげ)さん。これまで出版された3作品では野球を題材にしていたが、本作品では視覚障害者マラソンに注目した。
朝倉さんは、なぜ、視覚障害者マラソンを小説の題材に選んだのか?
小説「風が吹いたり、花が散ったり」で描きたかったことは、どんなことか? 話を聞いた。

【Q】朝倉さんは、野球の経験があり、これまで書かれた作品はすべて野球を題材にされています。新刊の小説「風が吹いたり、花が散ったり」では、視覚障害者マラソンを題材にされていますが、何かきっかけがあったのでしょうか?

【朝倉氏】
僕が公園をジョギングしていたら、後ろからすごい勢いで走ってきて、追い抜いていくランナーがいたんです。とても速かったので驚いて見ると、二人のランナーがロープを手に持って、お互いに握り合って走っていました。
一人のランナーのゼッケンに「視覚障害」、もう一人のランナーには「伴走」と書かれているのが目に入りました。それで、「何だろう?」と思ったことがきっかけです。
ものすごい速さで追い抜かれたので印象が強く残りましたね。それで興味を持って、小説の題材にしようと考えました。

【Q】視覚障害者ランナーの走るスピードが印象的だったんですね。そのほかに、視覚障害者マラソンのどのような点に魅力を感じたのですか?

【朝倉氏】
伴走者のメンタリティ(精神力)に興味を持ちました。伴走者は、視覚障害者ランナーと手足をあわせ、指示を出し、ペース管理などもしながら走ります。視覚障害者ランナーよりも圧倒的に速く走れる人でないと務まりません。伴走者は自分のために走るのではなく、視覚障害者ランナーのために走ります。技術的な難しさもあると思うんですけど、視覚障害者ランナーとの間の精神的な支えあいに興味を持ちました。

【Q】この作品の中では視覚障害者マラソンのランナーの姿が、とてもきめ細かく描写されていますが、実際のランナーを取材してから執筆されたのですか?

【朝倉氏】
視覚障害者マラソンに興味を持って、まず、インターネットで調べました。一番初めに知ったのは、2016年のリオ・パラリンピックで銀メダルを獲った道下美里選手です。道下さんの本を読みましたし、NHKのテレビ番組「アスリートの魂」にも出演されていたので、その映像を見たりしました。
まず、めちゃくちゃ速いなと思いましたね。道下さんは運動不足を解消するために走り始めたそうですが、著書「いっしょに走ろう」(芸術新聞社)によると、2008年にフルマラソン初挑戦されて3時間38分36秒を出されており、2014年には3時間を切るタイムで走られていると知り、驚きました。
テレビ番組を見て、視覚障害に関して初めて知ったことも多くありました。僕は、伴走をつけて走っていれば全盲だという思いこみがあったんです。道下さんのように、視覚障害があってもほんの少し見えている方もいると知りました。
思い込みは他にもあって、僕は、視覚障害者は点字を読めると思っていたんです。視覚障害者でも点字を読める人はそれほど多くないということは、資料を読んで知りました。
ただ、僕は、あんまり情報を調べすぎると物語を創る際に支障が出てきてしまうので、ある程度調べたと思ったところで、すぐに物語の筋を決めて書き始めました。
盲人マラソン協会(現・日本ブラインドマラソン協会、Japan Blind Marathon Association:JBMA)主催の伴走教室に参加したのは、物語がほぼ書き終わった後です。伴走教室に参加して、アイマスクをつけて目が見えないランナーの役をしたり、伴走者の役をしてみて、細かい修正を加えて完成しました。

【Q】実際に伴走を体験されて、修正を加えた点を教えていただいても構いませんか?

【朝倉氏】

1つは、伴走の指示の仕方を書きなおしています。伴走教室に行く前までは、伴走者の声掛けが曖昧だったんです。例えば「こっちへ」とか「右へ」とか、大まかな指示を書いていました。
実際に伴走教室へ参加したら、ランナーへの指示はもっと具体的で「右90度、カーブとか」「1メートル寄る」とか声を掛けていたんです。それで、伴走者のセリフを書き直しました。
それから、伴走教室で実際にアイマスクをつけて走った時、ものすごく恐怖心を感じたことも大きかったですね。伴走者を心から信頼していなければ、全力では走れないと思いました。それで、ランナーと伴走者、登場人物たちの関係性の描写をかなり肉付けしました。

【Q】視覚障害者マラソンに興味を持ち、小説にしようと考えた時、最初からどのような物語にするかを決めていたのですか?

【朝倉氏】
物語の大筋は、決めていました。
まず、過去に過ちを犯してしまい、それを抱えて生きている主人公を設定しました。主人公がこれまでの人生では出会ったことのない人、つまり視覚障害者と出会って成長していく物語を書こうと決めました。
主人公以外の登場人物にも、それぞれに悩みがあり、お互いに刺激を受けて成長していく物語にしています。
NHKの番組で道下選手が男性の伴走者と走っている様子を見ていた時に、若い男女のペアで走ったりしたら、恋愛関係に発展するかもしれないと思ったんです。男女が同じ目標を掲げて苦楽をともにして走るわけですから、これは恋愛が生まれそうだと思って、物語が恋愛の方向へ進みました。
フルマラソンの場合は、伴走者が途中で交代できるルールになっていることを知り、それなら三角関係になってしまうかもしれないと想像が膨らみました。

【Q】物語を書くうえで、特に重視した点はありますか?

【朝倉氏】
走ることについては、リアリティ(現実感)を意識して書きました。走ることは人間の基本的な動作ですし、誰でも経験があるものです。読者には自分も走っているかのように感じてもらいたいと思ったので、走っている時の息づかい、流れる汗、初めて伴走を体験した主人公がランナーと手足があわなくてぎくしゃくしてしまう感じなど、リアリティを持たせるように表現には気を配りました。

【Q】物語を書いている中で、苦労されたことはありますか?

【朝倉氏】

視覚障害者マラソンを書こうと思った時に、まず、パラリンピックに出場するレベルの選手を書くのか、それともアマチュアレベルのランナーを書くのか、迷いました。
レースが盛り上がるのはプロレベルの選手のほうですから、パラリンピックレベルの選手を書こうかとも考えたんですが、アマチュアのランナーと伴走初心者が出会って走り始める物語にしようと決めました。
人の成長というテーマで考えた時に、競技のレベルは下げて、アマチュアレベルにしたことが物語を面白くできたポイントだと思います。パラリンピックレベルの選手を書こうとしていたら、もっと競技がメインの物語になっていたと思います。
でも、アマチュアレベルに設定したことで、一つ問題が出てきたんです。
スポーツは、クライマックスで、ライバルとのデッドヒートがあって盛り上がります。僕の作品はアマチュアレベルの選手を登場人物にしたので、どうやってクライマックスを盛り上げるのかが難しかったです。
この作品では、主人公の亮磨が視覚障害者ランナーのさちに嘘をついていることや、二人の間に約束があるという設定を創って、クライマックスの問題をクリアできたと思います。

【Q】この作品は、特にどのような方に読んでほしいでしょうか?

【朝倉氏】
一番に読んでもらいたいのは、若い方ですね。中学生、高校生に読んでもらいたいです。僕自身を振り返ってみてもそうですが、中高生の頃は、自分の価値観だけで生きている時期だと思います。
でも、世の中には様々な価値観を持つ人がいて、障害のある人もいますので、この作品を通じて、そういうことに想像力を膨らませるきっかけになってほしいです。

【インタビューを終えて】
「街で視覚障害の方を見かける時、僕は、声をかけようかどうしようか迷うことがありました。困っているように見えたら声をかけようと思いますけど、スッスッと歩いていらっしゃれば大丈夫かなと思ったりします」
朝倉さんは、視覚障害者に対するご自身の経験を語ってくれた。朝倉さん自身の日頃の関心事が、物語のなかに反映されている
最近は、LGBTなど、いわゆるマイノリティの人々の生きづらさに関心を持っているという。
本作品は、視覚障害者マラソンを題材にしているが、パラスポーツに関心がない人も青春小説として楽しめる。
「パラスポ!」の読者にはもちろん、お勧め一冊である。

【了】

著者・朝倉宏景さん

著者・朝倉宏景さん