ブラインドボクシングの体験会で指導する佐野雅人さん(左)

ブラインドボクシングの体験会で指導する佐野雅人さん(左)

「ブラインドボクシング」
この言葉を聞いて、元プロボクサーの私の頭の中はフリーズした。
ブラインドサッカー、ブラインド柔道など視覚障害者スポーツは数多くあるが、殴り合いを競技にする特殊なスポーツであるボクシングを、ブラインド=目隠しでする。まったく想像がつかない。

今年5月、東京・新橋で開催されたブラインドボクシング体験会に参加し、ブラインドボクシングの創設者・佐野雅人さんに話を伺った。
佐野さんは、トヨタ自動車に勤務しているボクシング愛好家。
定年を迎え、その後の人生について考えた時、「誰もやったことのないモノを創り上げたい」という思いに駆られボクシング愛好家の血が騒ぎ、発案したのが視覚障害者もできるブラインドボクシングだ。
佐野さんは2011年に仲間とともに地元の愛知県豊田市でブラインドボクシング協会を立ち上げ、活動を開始。
当初は手探り状態で試行錯誤しながらルールを設定、変更の日々が続いた。
ブラインドボクシングが形になってきたため、全国にもっと広めたいと考えるようになり、東京の知人のオフィスフロアを借りて関東で年1回、体験会を開催している。

では、ブラインドボクシングの現在の競技ルールを説明しよう。
通常のボクシングは一対一で互いに殴り合うが、ブラインドボクシングでは健常者のトレーナーを相手にオフェンス(攻撃側)とディフェンス(守備側)が交互に入れ代わる。
オフェンス時は、相手役(健常者のトレーナー)に向かって様々なパンチで攻撃する。
トレーナーは首から鈴をつけており、身体を小刻みにジャンプさせながら鈴の音を鳴らし自分の位置を競技者に知らせる。
競技者は鈴の音を頼りにパンチを打ち込み、その攻撃の技術が得点で評価される。
ディフェンス時は、トレーナーが予め取り決めた数種類のコンビネーション(ワンツー、フックなど一連のパンチ)の中から番号で競技者に伝えるとともに攻撃する。競技者はタイミングを合わせそれらのパンチをブロックする。
これらオフェンス、ディフェンス動作を三人のジャッジが採点し勝敗を決める。
公平さを期するため同じトレーナー相手に二人の競技者が順に競技して勝敗を決めていくトーナメント制とする。

こうしたルールだけを聞くと、私がプロでやってきたボクシングとは違う競技に思えてきたが、百聞は一見に如かずと言う事で、実際に体験してみた。

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◆ブラインドボクシングを初体験。パンチは当たるとキツイ

まずは、トレーナーを体験することにし、ヘッドギアとボディプロテクトを装着して、視覚障害者のパンチを受ける。トレーナーは、基本的にはパンチは避けないが、実はこれが相当キツい。
ジャンプをして鈴を鳴らし、競技者にパンチを打たせるのだが、実際にパンチが顔面にきても避けてはいけないので、そのままパンチをもらう。視覚障害者とはいえ、きちんとボクシングを教わって打ち込んでくるパンチは当たるとかなり痛い。2分間休む事なく打ち込む姿は、アスリートそのものだ。
トレーナーを体験して思ったことは、視覚障害者は視覚が奪われている分、聴覚が発達していると言うことだ。
自分がジャンプしながら動き回るのだが、鈴の音を聞いて私に向かって的確にパンチを打ち込んでくる。
ボクシングでは、相手と自分との距離が分からなければ、パンチが死んでしまう。
しかし、視覚障害者の競技者はドス、ドス、ドスと重いパンチを入れてくる。
音を聞いて相手との距離がちゃんと分かっているという証拠だ。
なんとも素晴らしい事に感動を覚えた。

今度は逆に、自分が目隠しをしてトレーナーに打ち込んでみた。
しかし、視覚を奪われたことによる恐怖感がとんでもない。なかなか相手に打ち込めない。
相手との距離感も分からないので、パンチを出しても全然、当たらない。
私は、ボクシングの基本を思い出し、ジャブ(牽制のパンチ)を打ち続けることにした。
ジャブを数回、撃ち続けると、相手との距離を測ることができるからだ。
ジャブを繰り返すうちに、一打が、トレーナーに軽く当たった。
「おまえは、そこにいるのか!」
相手のいる位置がつかめると、元プロボクサーの感覚がよみがえった。
続けて、利き手であるストレートを出し、相手の体勢を崩したところを仕留める。ボクシングの基本であるワン・ツーを繰り出した。
ストレートを打つと、トレーナーにパンチが命中した。
ブラインドボクシングでも、ボクシングの基本理論で、パンチをきちんと出せばきちんと当たる。
パンチが当たった瞬間、私は思った。
この競技は、まぎれもないボクシングだ。

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◆なぜ、ブラインドボクシングを創ったのか

なぜ、ブラインドボクシングという世界初の競技を創ったのか、佐野さんに尋ねた。
「世間には視覚障害というと白杖頼りの歩くこともままならない人というイメージを持っている人が多いと思うけど実は環境さえ整えばこんなに動けるんだということを解って欲しい。そうすれば視覚障害の社会での活躍場所ももっと増えると思うから」

さらに佐野さんは熱く答えた。
「障害者だろうと人生を謳歌する権利はある。障害によってやりたい事を諦めなければならない人生だと考えるような、ネガティブな思いがあるなら、私はそれを払拭したい。目が見えなくてもボクシングという素晴らしい競技のプレーヤーになれるんだという実感が持てれば、その後の人生も謳歌できるでしょ。障害者にも、ポジティブな気持ちを持ってもらいたいからさ」

佐野さんたちの活動は、ボランティアによるもので、愛知県名古屋市で月一回、ボクシングの虜になった障害者達が集まり定期講習を行なっており、関東・関西では年一回の体験会の開催をしている。
ブラインドボクシング協会のスタッフも現在は4名しかいないが活動に共感してくれた元プロボクサーやプロのトレーナー、ジムの会長など多くの人達に支えられて徐々に活動の場を広げている。
この競技を普及するのは、なかなか厳しい状況だと思うが、私は、佐野さんにこれからの目標を聞いてみた。

「そりゃ、もちろん2020年のパラリンピックだよ。ブラインドボクシングが、エキジビジョンとして参加できたら最高だよね」

自身の仕事をしながら、ボランティアでブラインドボクシングの体験や普及活動を続けている佐野さん。
どうして、そこまでやれるのか。
「俺の人生終わる前に、誰もやったことのないことをしてみたかったんだ。なんか、いいでしょ?」
そう言って、佐野さんは、はにかんだ。
佐野さんにとっては、2020年の東京パラリンピックでブラインドボクシングのエキジビジョンをすることが、チャンピオンベルトだ。
私は元プロボクサーであり、そして身内に障害者がいたので佐野さんの熱い思いが私の心に深く沁みこんだ。

ブラインドボクシングも、ジャブやワンツーは、ボクシングと一緒だ。
障害という垣根をジャブで取り払い、人生のワンツーを打ち込んでその人の生きる活力にしていってほしい。
ボクシングは素晴らしい競技なんだ。
そんなメッセージを佐野さんの背中で読み取った。

ブラインドボクシング協会 http://blindboxing.jimdo.com/

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取材執筆・撮影:榎本信行(えのもと・のぶゆき)
プロボクシング元日本フライ級1位
2005年当時の日本フライ級チャンピオン内藤大助に挑戦するも判定負け。
一度引退するが4年後に再起し36歳まで現役を続け引退。
その後カルチャー教室でボクシング教室を設けボクシングに携わる傍らフリーカメラマンに転身。
現在は同時にマジシャンもこなす異色カメラマン。

企画・構成:河原レイカ