車いす男子 優勝の山本

車いす男子 優勝の山本

「分かった。あなたの土俵で勝負しましょう」
東京マラソン2018車いす男子の山本浩之選手(51歳)は、心の中で、決意した。

レースはスタートしてすぐに、西田宗城選手が飛び出し、鈴木朋樹選手(23歳)、エルンスト・バインダイク選手(南アフリカ)、山本浩之選手の3選手が続いた。
しかし、8キロ付近から、山本が前に出て、鈴木が付いていき、2人が抜け出すかたちとなった。西田とエルンストの姿は次第に視界に入らなくなった。優勝争いは、山本と鈴木の2人に絞られた。

トラック中長距離を専門とする鈴木は、瞬発力がある。
体力を温存させたまま、ラストスパートの勝負に持ち込むことができれば、鈴木のほうが有利になる。
マラソンを専門とする山本は、終盤に入る前までに、鈴木を引き離しておきたいと考えた。

「雷門をUターンしてから、すぐ左に曲がり、わりと大きな橋のアップダウンがあり、そこから真っすぐな道があります。そこで仕掛けようと思ってスピードを上げて飛ばしたんですが、鈴木を切ることができませんでした。その後も鈴木を切ろうと思って、何度かスピードを上げたのですが、切れませんでした」

車いすの選手が複数人の集団で走る場合、先頭を走る選手は風などを受けて体力を消耗する。
鈴木の前を走っていた山本は、鈴木が前に出やすいように脇へ避けて、
先頭を交代しようという意を示したが、鈴木はなかなか前へ出なかった

「彼(鈴木朋樹)は、自分が得意とするところ、ラストスパートで優勝を狙っているのだろう」
後ろについて走っている鈴木の様子を見ながら、山本は、そう思った。
鈴木の狙いどおりのレース展開になっても、自分は諦めずに走ろうと覚悟を決めた。

レースの終盤、鈴木が動いた。
丸ノ内の石畳の道に入り、そこを抜けて左へ曲がれば、ゴールという地点。
鈴木は、ここなら勝負できると判断し、スピードを上げて前へ出た。
石畳の凹凸を抜けて最後のコーナーに差し掛かり、ふっと右を振り向くと、山本の姿がない。
左を見ると、山本のレーサーが前に出ていた。

「山本さんにイン(内側)から抜かれても、自分に余力が残っていれば、もう一度、差しにいけたと思います」と鈴木。山本の後ろについて走ることで力を貯めていたが、山本に抜き返された後、もう一度、順位をひっくり返す力は残っていなかった。

山本は、「自分としては、積極的に前を引っ張って疲れたうえに、さらにラストスパートをして、瞬発力のある若い選手に勝ったというのは、会心のレースでした」とコメント。
今大会では、自分の体がよく動いているのを実感していた。
レーサーのポジション(姿勢や座る位置)やグローブを自分に適した状態にすることができていた。
丸ノ内の石畳の凸凹に備えて、レーサーのフレームを柔らかいものに変えるなどの対策をしていたという。

鈴木朋樹選手が得意なレース展開に持ち込まれても、その土俵で勝負しようと考えることができる余裕があったのは、レーサーやグローブなどハード面の準備や、自身の調子を、東京マラソンにあわせることができており、簡単には負けない自信があったのかもしれない。ベテランの経験の蓄積が効いたレースだった。

2位の鈴木朋樹選手(写真左)、山本浩之選手(中央)、エルンスト・バインダイク選手(写真右)

2位の鈴木朋樹選手(写真左)、山本浩之選手(中央)、エルンスト・バインダイク選手(写真右)

1 山本 浩之 1:26:23
YAMAMOTO,Hiroyuki
2 鈴木 朋樹 1:26:24
SUZUKI,Tomoki
3 エルンスト・バンダイク 1:31:30

■車いす女子 喜納翼選手が3位

写真左から、2位のタチアナ選手、優勝のマニュエラ選手、3位の喜納選手

写真左から、2位のタチアナ選手、優勝のマニュエラ選手、3位の喜納選手

車いす女子は、マニュエラ・シャー選手(スイス)が優勝。2位にタチアナ・マクファーデン選手(アメリカ)、3位に喜納翼選手が入った。

マニュエラ選手は、「タフなレースで、大変疲れました。序盤から後続を引き離そうと何度もアタックを仕掛けましたが、なかなか振り切れませんでした。最後のスプリント勝負になると、昨年、同タイムで着順で負けてしまった経験がありましたので、今年は早いレース展開にもっていこうと思いました。39キロ地点でタチアナ選手を振り切れたと記憶しています。とにかく攻めていこうと決めてレースに臨みました、途中でスタミナが切れてしまうかもしれないというリスクも取りながら、速いペースでレースを展開していきました。東京マラソンのコースは平坦で、なかなか上手くアタックが効かなかったのですが、その中で、最後まで作戦を変えずに勝てたと思います」と話した。

3位の喜納選手は、「世界トップの選手が揃っていたので、どこまでついていけるのか、力試しのつもりで走りました。20キロ過ぎくらいから前の選手と離されてしまい、上位の選手に追いつこうと思ってもなかなかできなかったのが、心残りです。この大会に向けては、持久力と平均的なスピードを保つことを強化してきて、そこは昨年のレースよりは成果が見えたところもありました。ただ、突発的なスピードの上がりや、コーナーからのスピードの乗りが遅いので課題も見えました。そこは、また、練習して修正していきたいと思います」とコメントした。

車いす女子
1位 マニュエラ・シャー 1:43:25
2位 タチアナ・マクファーデン 1:44:51
3位 喜納 翼 1:46:17

【取材・撮影:河原レイカ】