男子(T54)樋口政幸選手(写真・先頭の青いユニフォーム)

男子(T54)樋口政幸選手(写真・先頭の青いユニフォーム)

■中長距離につながる400m

「あいつ、とうとう、やりおったなぁ…」

ジャパンパラ陸上競技大会2日目(9月20日・ヤンマースタジアム長居)、男子T54クラス・400m決勝。
勝敗がついた時、レースを観ていた誰かが、そうつぶやいた。

「あいつ」とは、400mで優勝した樋口政幸選手(36歳)を指している。

樋口は、トラックの中長距離をメインとする国内トップ選手。800m(1分32.09)と1500m(2分56.33)の日本記録を持っており、今シーズン、国内では800m、1500m、5000mで負けなしだ。1500m、5000mでは、世界でも上位を狙える位置にいる。
ジャパンパラでは800m、1500m、5000mに加えて、400mでも優勝し、4冠を達成した。

今シーズン、関東身体障害者陸上競技選手権大会(以下、関東選手権:7月5日・町田市営陸上競技場)、日本パラ陸上競技選手権大会(以下、日本選手権:7月19日・ヤンマースタジアム長居)ともに400mで優勝したのは、永尾嘉章選手(52歳・ANAORI.A.C)だった。

永尾は、100m(14秒07)、200m(25秒80)、400m(47秒59)の日本記録保持者で、男子T54クラス・短距離の“レジェンド”。
樋口は、関東選手権、日本選手権ともに400mは2位に終わっていた。

樋口は、ジャパンパラで、400mを狙っていた。

「特に、スタートですね」。
「僕は、短距離の選手ではないんですけど、スタートが大事なんです。海外の強豪勢と比べると、僕はスタートが弱いので、ずっと強化のポイントにしてきたんです。400mは永尾さんが強くて、勝てていなかったので目標にしてきました。勝つことができて良かったです」。

800m、1500mのレースでは、スタートの後、選手の集団の中でどの位置につけるかという「ポジション取り」が重要になる。ポジション取りを左右するのは、スタートだ。良いスタートを切り、いち早く加速に乗れば、良いポジションに入れる可能性が高くなり、レースを有利な展開に進められる。
つまり、400mの走りを強化することは、800m、1500mの前半の走りの強化につながる。

 樋口は、今回のジャパンパラで、400mに照準をあわせていた。
それができるのは、国内では800m、1500m、5000mで勝てる自信があり、海外の強豪勢との勝負を視野にいれた強化に取り組んでいるからだろう。
10月下旬にカタール・ドーハで開催されるIPC(国際パラリンピック委員会)陸上世界選手権に向けて残り1カ月、樋口は、今シーズンの仕上げに入る。


■100mは、西が優勝

西勇輝選手

西勇輝選手

 男子(T54)100m決勝は、西勇輝選手(21歳)が15秒26で優勝。記録は同タイムだったが、佐矢野利明選手(2位)を抑え、目標としてきた永尾嘉章選手(3位・15秒32)にも勝つことができた。
 「本当に嬉しいです。このために練習してきたので」と西。
 西は、ジャパンパラの一カ月前にグローブを変えていた。今シーズンは世界選手権への出場を目指していたが、日本代表には選ばれなかった。何かを変えなければいけないと思い、グローブの変更を決断したという。
今大会の200m、400mでは、スタートがうまくいかなかったが、メインの100mで良いスタートを切れたことが、勝利につながった。スタートの良い手ごたえを忘れずに、来年のシーズンにつなげたい考えだ。

レース後、「悔しくなかったら、やっていられません」と語った永尾嘉章選手

レース後、「悔しくなかったら、やっていられません」と語った永尾嘉章選手

■若手から刺激受ける

短距離種目において、若手選手たちの目標であり、追われる立場にいる永尾嘉章選手は、負けたままでいるつもりはない。
9月初旬に調子を崩し、ジャパンパラでは調子が完全に戻りきっていなかった。
「400m、100mともにスピードの乗りが悪かったです。
100mも伸びていかないといけないところで、全然伸びませんでした」と、ジャパンパラのレースを振り返る。
ただし、焦りはない。
「自分自身の調子の波は、想定の範囲内で収まっています」と永尾。
後輩の選手たちの活躍については、「日本選手権や、ジャパンパラで緊張感を持って試合ができるようになったのは、ここ数年ですね。若手の成長に、自分も刺激されることがあります。負けて悔しさがなかったら、やっていられないです」と話した。
永尾は、世界選手権では100m、200m、400mにエントリーしており、自身の持つ日本記録更新を狙うつもりだ。

■世界への初挑戦に向けて 

1500mで先頭を引っ張る鈴木朋樹選手

1500mで先頭を引っ張る鈴木朋樹選手

鈴木朋樹選手(21歳)は、800m2位(1分39秒44)、1500m5位(3分09.06)だった。1500mはスタートから飛び出し、樋口の前に出て最初の300mは先頭で引っ張った。300m以降は先頭を譲ったが、どこまで先頭で引っ張れるかを試した挑戦、自分の実力を測る挑戦だったといえるだろう。
鈴木は、世界選手権の日本代表に初めて選ばれている。
「世界選手権は初めてで、とても楽しみです。世界のトップ選手と走って、決勝にいけるかどうかはわからないですけど。今の自分が世界でどれだけ通用するのか、実感できたらいいと思います」と話した。

■東京を目指す

生馬知季選手は、東京パラリンピックを目指している

生馬知季選手は、東京パラリンピックを目指している

今後に期待したいのは、生馬知季選手(23歳)。
短距離をメインとしており、今シーズンは関東選手権(100m3位、200m1位)、日本選手権(100m3位、200m2位)で好成績を残した。
今春から練習の頻度を増やしており、練習の成果が結果にでたようだ。
日本選手権以降に体調を崩してしまい、ジャパンパラは調子が完全に戻らない状態で臨むかたちとなってしまった。
2020年の東京パラリンピックを目指している選手の一人。来シーズンも引き続き、注目したい。

(取材・撮影:河原由香里)