読書をする反町公紀選手

読書をする反町公紀選手

インターネットで「脳」と「スポーツ」をキーワードに検索すると、いくつかの情報がヒットした。
「スポーツ脳がパフォーマンスを上げる」「運動は脳でするもの」「アスリートの脳はどう違う」「スポーツが脳に与えるメリット」「勝つための脳を鍛える」…。
脳科学という分野で、アスリートの脳に関する研究が進められているようだ。

しかし、脳に障害があるアスリートに関する研究は、なかなか見つからなかった。
国立国会図書館に足を運び、端末を使って文献を探した。
「脳」「障害」「パラリンピック」「スポーツ」と、思いついたキーワードを次々と入れてみる。「ニューロリハビリテーション」「脳画像」「筋電図」…。文献のタイトルには専門的な用語が並んでいる。何が書かれている文献なのか、想像がつかないものも多い。検索を深堀りしすぎたかもしれない。
最初の画面に戻ろうとした時、一つのタイトルに目が留まった。
「パラリンピックブレイン―パラアスリートに見る脳の再編能力―」(計測と制御、第56巻、第8号、2017年8月号)。

・・・パラリンピックブレイン!。
言葉のとおりなら、パラリンピック選手の脳という意味だ。
「脳の再編能力」も気になる。
再編能力とは、脳の情報処理能力だろうか。
障害を負う前と後で、脳の再編能力に変化があるということだろうか。

複写カウンターでコピーを申し込んだ。
文献の著者は、東京大学大学院総合文化研究科の中澤公孝教授。東大の教授が専門誌に寄稿した文献を、素人の私がどこまで理解できるか分からない。しかし、パラリンピック選手の脳の研究であることは間違いなさそうだ。何らかの手がかりが含まれている気がする。

館内にある喫茶室に入り、コピーしてきた文献の活字を目で追った。
「パラリンピックブレイン」には、脳性マヒの水泳選手の例が紹介されていた。脳の画像が掲載され、脳の右半球に大きな損傷があることが示されている。脳の右半球の障害は身体の左側に現れており、「左上肢は、日常生活の実用に届かないレベル」と解説されていた。

水泳中と陸上での「最大随意収縮時(MVC)」の「筋放電量」を測定して違いを比べたグラフも掲載されている。「最大随意収縮時」も「筋放電量」も馴染みがない言葉だが、とにかく読み進める。グラフは、障害のある左上肢筋は、水泳運動時のほうが陸上運動時よりも放電量が上回っていることを示しているらしい。
「この事実は、陸上に比べて、水泳運動時に筋に到達する神経指令が強いことを意味する」。

脳性マヒの選手は3歳から水泳のトレーニングを続けていた。水泳の動きに脳が適応し、脳の機能が再編成されたと考えられるという。

脳の指令をもとに、身体が運動する。このため、脳に障害があると、指令が伝わらなかったり、伝わりづらくなる。だから、身体を上手く動かせない。そんなイメージを持っていたが、これは脳と身体のつながりの一つの側面にすぎないのかもしれない。

「パラリンピックブレイン」で示されているのは、身体のトレーニングが脳に影響を与えるということだ。トレーニングを重ねていくと、その運動に適応できるように脳の機能に変化が生じている。脳から身体へ向けられた運動の指令ではなく、身体運動の継続から脳へもたらされる指令だと言えるかもしれない。

私は、脳の障害について、もっと角度を変えて考えてみるべきなのかもしれない。障害のある脳でも、身体を動かすことで脳の機能が再編するなら、まず、身体を動かすことそのものに大きな意味があるはずだ。

「パラリンピックブレイン」について、もっと知りたい。
公紀のことを説明したら、何かよいアドバイスをいただけるだろうか。
面識もなく、人脈のツテはない。
私はノートパソコンを立ち上げ、ワードのテキストを開いた。とにかく、当たってみるしかない。

『取材依頼書』
東京大学大学院総合文化研究科 中澤公孝様
はじめまして。
私は、障害者スポーツ情報サイト「パラスポ!」を運営しております河原レイカと申します。「パラスポ!」は、ライターやカメラマンなど有志で運営しており、障害者スポーツの見どころや選手について紹介しております。
下記の件について、取材にてお伺いしたいと考えております。

取材テーマ:高次脳機能障害とスポーツについて

①高次脳機能障害者の脳と身体のつながりについて
脳に障害がある高次脳機能障害者がスポーツをする場合、障害を持つ以前の身体のパフォーマンスとは異なる身体の動きをすることになります。高次脳機能障害者がスポーツをする場合、脳と身体の関わりは、障害がない時とどのように異なるのか。あるいは、それほど差異はないといえるでしょうか。

②脳を機能を強化する方法について
パフォーマンスを高めるためには、身体を鍛えることに加えて、いわゆるメンタル、精神力と呼ばれるもの(脳?心?)を鍛えることが必要と考えていますが、「脳を鍛える」方法と呼べるものはあるでしょうか。

③高次脳機能障害者のスポーツについて
身体を動かすことが、高次脳機能障害者の脳の機能に、どのような影響をもたらすでしょうか。身体を動かすことが、脳のリハビリテーションにつながるといえるでしょうか。

出典:中澤公孝・東京大学大学院総合文化研究科:
「パラリンピックブレイン―パラアスリートに見る脳の再編能力―」,計測と制御,第56巻第8号,2017年8月号,公益財団法人計測自動制御学会

(写真提供:反町由美さん)
(取材・執筆:河原レイカ)