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【後編】オリンピック・パラリンピックにもフェアトレードを

 手縫いで作られるサッカーボール。その70%がパキスタン製って知っていますか?その数およそ年間4000万個。世界中の人たちを夢中にさせるサッカーですが、ゲームに欠かすことのできないサッカーボールがどのように生産されているのか、ほとんどフォーカスされることはありません。

 実は今から20年以上前の1994年~1996年頃、サッカーボールの生産に深刻な児童労働があることが世界的に報道されました。7歳~14歳の子ども7000人以上が、フルタイムでボールの手縫い生産に携わっていたとされています。社会的に大きな反対運動も起こり、大手スポーツメーカーは大きなブランドダメージを受けました。しかし、そのことがきっかけで、児童労働根絶に向け業界が大きく動き、状況は大幅に改善されたと言われていますが、米国・労働省が発行している「児童労働・強制労働によって作られた製品リスト」には、いまだサッカーボールが含まれています。
 そもそも、なぜ子どもが教育の機会も奪われ労働に駆り出されるかといえば、大人たち労働者が十分な賃金を得られていないからです。サッカーボールを作る労働者たちの多くが、いまだ低賃金で劣悪な労働環境におかれ、貧困に直面しています。

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そんな状況をなくそうと、フェアトレード基準では、労働者たちが安全な労働環境と生活に必要な賃金が得られるよう定め、児童労働を禁止しています。ボールの取引価格とは別に「フェアトレード・プレミアム(奨励金)」が労働者委員会へ保証されます。2015年のレポートによると、ボール(サッカーのみならず、バレーボールやラグビーボールにもフェアトレード認証ボールがあります)の労働者たちに渡ったプレミアムの年間総額は、7万ユーロ、約1000万円(2014年平均レート換算)。これにより、清潔な飲料水や医療サービスへのアクセス、教育の充実など、労働者および地域全体の生活改善が図られています。

 そんなフェアトレードのサッカーボール。昨年7月、スポーツの国際大会で初めて採用されました。その大会とはイギリス・スコットランドのグラスゴーで開催された「ホームレス・ワールドカップ」。世界52カ国から64チーム、512人のホームレス状態の選手たちが参加した同杯は、2003年から毎年開催されており、2016年大会は14回目。社会から孤立しがちなホームレス状態の人びとに、サッカーの力を通して、仲間とのコミュニケーションや信頼など、人間関係の構築や社会復帰を促す効果が実証されているそうです。これまで100万人のホームレス状態の人びとに影響を与えてきました。

 2012年夏に開催されたロンドンオリンピック・パラリンピック。皆さん、どんな場面が記憶に残っていますか?実はロンドン大会は、史上最も「フェア」で「サステナブル(持続可能)」な大会だったと評価されています。競技のことではなく、大会の運営やそこで使われた物品・食品を指しての評価です。組織委員会が定めた大会の調達基準では、環境や人権への配慮が厳しく義務付けられていました。フェアトレードも調達基準に盛り込まれており、選手村や全競技会場で提供されたコーヒー、紅茶、チョコレート、砂糖、バナナ、ワイン、オレンジにはすべてフェアトレード認証製品が使用されました。6週間の会期中、推計でなんとフェアトレードバナナ1000万本、フェアトレード紅茶750万杯、フェアトレードコーヒー1400万杯、フェアトレード砂糖1000万袋が消費されました。

 では3年先に控えた2020年東京オリンピック・パラリンピックはどうなるでしょうか? 2016年1月、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会より「持続可能性に配慮した調達コード 基本原則」が発表されています。①どのように供給されているのかを重視する、②どこから採り、何を使って作られているのかを重視する、③サプライチェーンへの働きかけを重視する、④資源の有効活用を重視する、という4つの原則が掲げられています。特に①は、人権の尊重、適正な労働環境、強制労働・児童労働の排除、公正な取引、環境保全など、まさに「フェアトレード」の概念そのものです。今後、4つの原則に基づき、具体的な調達基準とそれら基準の遵守状況の確認方法のルールが決定される予定ですが、昨年末に公表され意見を公募していた「持続可能性に配慮した調達コード(案)」では、国際基準の水準を満たさない日本独自の認証が優先されていたり、必ずしも第三者によるチェックを求めていなかったりと、かなり曖昧な部分が見受けられます。このままでは、国際社会からの信頼を得られないどころか、児童労働や強制労働によって作られた物品が入り込んでくる可能性を排除できない内容です。

スポーツの祭典であるオリンピック・パラリンピックで、価格の買い叩きや人権侵害など、誰かの犠牲の上で作られた物品や食品が使われるのは誰も望まないはずです。日本ではフェアトレードがまだ十分に普及していない状況のため、ほとんど意識されていませんが、世界ではフェアトレードがスタンダードになりつつあります。現に2012年ロンドン大会では、多くの食品においてフェアトレード調達が必須条件でした。2016年のリオデジャネイロ大会でもフェアトレード認証コーヒーが調達されたと報告されています。「フェアプレイ」はオリンピック・パラリンピック精神として大切なこととされていますが、単に選手たちの競技だけでなく、大会中に使用される様々な用品・食品、そこで働く人たちの労働環境なども含めて「フェア」でありたいものです。そのためには、組織委員会が定める調達基準もとても重要ですが、それ以上に、私たち市民一人ひとりが、フェアに作られ取引されたものを求める声を発信していくことが重要です。大会を契機に、サステナブルな取り組みが日本社会に広まることを期待しています。(了)

競技場の売店メニューボード。フェアトレード認証コーヒー、紅茶、ホットチョコレートが販売されました。

競技場の売店メニューボード。フェアトレード認証コーヒー、紅茶、ホットチョコレートが販売されました。


選手村の食堂でフェアトレード認証バナナが提供されている様子

選手村の食堂でフェアトレード認証バナナが提供されている様子


【著者】中島佳織氏(特定非営利活動法人フェアトレード・ラベル・ジャパン事務局長)
大学卒業、化学原料メーカー勤務を経て、国際協力NGOでアフリカ難民支援やフェアトレード事業に携わる。 2001年~2002年、タイ・チェンマイ駐在。タイ北部山岳少数民族コーヒー生産者支援プロジェクトの立上げと運営に従事。2003年~2006年、ケニア・ナイロビにて日系自動車メーカーのマーケティングとロジスティックス部門に勤務。学生時代から途上国の貧困問題と向き合う中で、「寄付」や「援助」ではなく、貧困を生みだす歪んだ貿易構造から変えていこうとするフェアトレードに賛同し、2007年6月より現職。
共著『ソーシャル・プロダクト・マーケティング』(産業能率大学出版部、2014年)
寄稿『[新] CSR検定3級 公式テキスト』(株式会社オルタナ/公益財団法人日本財団、2014年)
寄稿『未来を拓くエシカル購入』(環境新聞社、2012年)