ゴールの瞬間、和田選手とガイドの中田さん

ゴールの瞬間、和田選手とガイドの中田さん

圧倒的なスピードで先頭を走っていたブラジル代表のSantos Odair選手が崩れたのは、ゴールまで残り約100m、トラックの最後のコーナーを曲がり、ホームストレートに入ろうとした時だった。

Santosは意識はあるようだが、足に力が入らない。ブラジル国旗の鮮やかな青と緑のシャツの背中がぐにゃりと丸くなり、熱さがこもっていたであろう地面に膝が落ちる。ほぼ手中に収めていたはずの金メダルは、Santosの手からこぼれ落ちた。

IPCパラ陸上世界選手権(10月26日)、男子(T11)5000m決勝。
中東のカタール・ドーハ、レースは18時近くにスタートした。

昼間は30度を超えていた気温は、陽が沈むと25度前後まで下がるものの、蒸し暑い。
男子(T11)5000m決勝は、ガイドとともに8人の選手が走りだしたが、ランニングシャツはすぐに湿って重くなり、選手たちの首筋には、汗が幾つもの川をつくっていた。勢いがよかった足取りは、しだいに重くなり、選手が一人、また一人、途中で辞めていった。

最後の1周に入った時、チリ代表のValenzula Cristian選手は、Santos選手を追いかけていたが、その背中は遠かった。
長身のSantosと比べると小柄にみえるValenzulaは、腕を大きく振りながら最後のコーナーに向かっていた。そこで、ついさっきまで遠くに小さかったSantosの背中が、急に近くになったはずだ。

Valenzulaのガイドは、隣を走りながら、Santosの異変をどう伝えたのだろうか。
Valenzulaは、Santosの脇を抜けると、一段スピードを上げて、力強い足取りでゴールに向かっていった。
カナダのDunkerley Jaseph選手も順位が一つ上がることを確信し、Valenzulaに続く。

その後ろを走っていたのが、日本代表の和田伸也選手(38歳、JBMA所属)とガイドの中田崇志さんだ。

和田と中田は、ドーハの気象条件を念頭に、レースプランを練っていた。

「蒸し暑さが残る中でのレースになると予想していましたので、我々のペースをしっかり刻んで、後方から終盤3000m以降に追い上げました」と和田。

平日は一緒に練習できない和田と中田は、今年夏、土日ごとに合宿を組み、強化に取り組んできた。
5000m決勝は、実力で格上の選手たちが前を走っていたが、和田は焦らなかった。中田とともに自分たちの走りに徹し、勝負は終盤と心に置いていた。こつこつと積み上げ、最後の追い上げにつなげた。その結果が、銅メダルになった。

ガイドの中田は、ゴールの瞬間、両手を高々と上げた。
今大会、中田は体調不良があり、回復を間に合わせて臨んだレースだった。
「今日は和田さんがリラックスして走っていて、二人の息がぴったりあっていたので、後半までしっかり持つという実感がありました。最後に逆転できてよかったです」。
喜びとともに、安どの顔に見えた。

銅メダルを手にした和田(右)と中田(左)

銅メダルを手にした和田(右)と中田(左)

和田に続き、5000m4位でゴールしたのは谷口真大選手(25歳、JBMA所属)。
谷口もガイドの池澤暁と話しあい、ドーハの気象条件を念頭に走っていた。

「最初から焦らずに、自分が確実におしていけるペースで入っていくという作戦をたてていました。タイムは目標達成できなかったですが、レースの内容は良かったと思います。3000m前後の足踏みという点で課題が残ったと思いますが、確実に練習の成果が出ていると思います」。

谷口は、今大会・男子(T11)1500m決勝(10月30日)にも出場し、5位(記録4分24.38)。
1500m決勝のレースについては、「1500mの目標としていた自己ベスト(4分22)を切ることが達成できなかったのが、悔しいところとして残ってしまいました。レースの内容としては、5000m決勝と同様で、事前にガイドの池澤さんと話し合ったとおりにできましたが、全般的にレベルアップできるようにしたいです。中盤に粘っていけたら、あと1秒、2秒つめていけそうです」と話し、自身の走りの手ごたえを感じるとともに、課題も確認できたという。

谷口選手(右)とガイドの池澤さん

谷口選手(右)とガイドの池澤さん

和田も、谷口も、次に目指す大舞台は2016年のリオ・パラリンピックだ。

和田は、今大会の5000m決勝で金メダル・銀メダルを獲得した選手たちとの差を詰めていきたいと力強く語った。谷口は、他の選手との駆け引きなど世界選手権だからこそできる経験から、たくさん刺激を受けたという。これまで積み重ねてきた走りについて、さらなるレベルアップ目指すつもりだ。

男子(T11)5000m決勝 結果
1位 Valenzula  Cristian(チリ)15分52秒64
2位 Dunkerley Jaseph (カナダ)16分11秒22
3位:和田伸也選手、ガイド:中田崇志さん(日本)16分31.04
4位:谷口真大選手、ガイド:池澤暁さん(日本)16分51.39

(取材・撮影:河原由香里)