陸上女子(T11)天摩由貴選手

天摩由貴選手とガイドランナー近藤克之さん
天摩由貴選手とガイドランナー近藤克之さん

走る。
より速く、走る。
そのために、どうすればいいのだろう?
一人ではなく、一本の紐(ガイドロープ)を手にガイドランナーとともに走るとき、より速く走るためにはどうすればいいのだろう。どのような練習を積めばいいのだろうか。
陸上女子100m、200m、400m(視覚障害:T11)の日本記録保持者、天摩由貴選手(21歳,日本大学文理学部)は、大学入学時からガイドランナーの近藤克之さんとともに走りを追求してきた。
彼女にとって大きな経験となったのは、2010年12月に中国で開催された広州アジアパラ競技大会だ。100m、200mともに自己ベストを更新することができ、海外の大会で結果を出した。
「すごく緊張していました」。
天摩選手は、アジアパラをこう振り返る。はじめて出場した海外での国際大会。競技場は観客で埋め尽くされ、国内での大会では体験できないような熱気が漂っていた。そのなかを走り抜き、自己ベストを更新できたことは大きな自信となった。これ以降に出場した大会では、以前よりも落ち着いて臨めるようになった。

国内では同じクラスで競い合う選手が不在だが、アジアパラは自分よりも速い選手と走る機会となり、刺激を受けたことも大きい。
「自分よりも速い選手と勝負ができるように、自分も、もっと速くなりたい」。
そんな思いは、これまで以上に強くなっていた。

■左右のバランスを整える

アジアパラの約半年前、2010年5月の日本身体障害者陸上競技選手権で、天摩選手はガイドロープの握り方を変えていた。この変更は、アジアパラでの自己ベスト更新につながったといえる。

それまでは右手のてのひらでロープを握って走っていたが、「握る」という行為により、右上半身に過度な緊張が生じていた。右腕や右肩に力が入りすぎ、時には痛みを感じることさえあった。そこで、ロープを握るのではなく、手首に一周巻いてとめるかたちに変更した。走った時の違和感はなく、右半身が過度な緊張から解放された。
さらに記録を伸ばすために引き続き取り組んだのは「左右のバランスを整える」という課題だ。
ガイドランナーの近藤さんは、天摩選手の走りの特徴について、「左腕が上にあがり、右腕が縮こまってしまいます」と指摘する。右側は体側に腕がくっついたまま走っているように感じるという。
左右の体の使い方、腕の振り幅を均等にそろえることを意識して練習を積み、以前に比べると左右のバランスが大きく崩れることは少なくなった。しかし、現在でもまだ右腕が縮こまる傾向がなくなったわけではない。
近藤さんは、「右腕の振りで、前進する方向の舵取りをしているように感じています。競技場には障害物がないので、方向を気にせず、思いきり走るように言っていますが、200mのコーナー走では右腕の振りで方向をつかむことで逆に上手に走れているのかもしれません」と話している。

ロープの握り方を変え、右側の緊張は解消した

■体の軸を保つ

ロープの握り方を変え-右側の緊張は解消した
ロープの握り方を変え-右側の緊張は解消した

アジアパラから約10カ月後、2011年9月。九州・大分で開催されたジャパンパラリンピック陸上競技大会で、天摩選手の走りを見た。
100mを走り終えた彼女は、目標タイム13秒台前半に届かなかったことに悔しさを滲ませていた。記録を出せなかった原因を尋ねると、加速が上手にできなかったことをあげた。
「加速の段階では、体の軸を前方に傾けて走らなくてはいけません。視覚障害のためかもしれませんが、地面に対する傾きを上手にとれないんです。天摩は数学を専攻していますから、軸や傾きについて理屈ではとてもよく理解していると思いますが、走りではなかなか実現できなくて、本人も悩んでいる点だと思います」。
ガイドランナーの近藤さんは、こう説明する。
天摩選手の走りを動作解析してみたところ、スタートは地面に対して33度の角度で飛び出していることが分かった。お尻が下がった「く」の字の姿勢からスタートする傾向もある。45度の角度で飛び出し、体が前に倒れそうになるのを一歩出して支えるかたちが理想的なスタートと考えているが、天摩選手の場合、それより10度近く低い角度で飛び出している。
しかし、45度の角度を意識してスタートすると、今度は逆に体が起きてしまい、加速につながらない。
速い動きの中で、体の軸を適切に保つことは難しい。加速につながる走りを求めて、試行錯誤は続いている。

(つづく)