走り高跳びF44 鈴木徹選手

■示された方向性を、動きで実現する

マスコミに丁寧に答える鈴木徹選手-撮影-masports-吉村もと
マスコミに丁寧に答える鈴木徹選手-撮影-masports-吉村もと

走り高跳びF44の鈴木徹選手は、月に1回の割合で地元・山梨から、神奈川に通い、コーチの福間博樹氏の指導を受けている。
5月下旬、鈴木は、神奈川県立希望ヶ丘高校で、パーソナルコーチである福間博樹氏に踏み切りと空中での体の姿勢をみてもらっていた。

走り高跳びの踏み切りは、体が上がっていく角度、跳躍の高さの頂点の位置、体が落ちていく角度などに影響する重要な要素だ。例えば、踏み切りの際に頭の向きを少し変えるだけで、体が上がっていく角度が変わり、体が描く放物線の軌道も変わる。
福間氏は、踏み切りの際の頭の位置、背面の使い方について鈴木の動きをみながら、細かく指導した。
また、空中で体がバーに触れない姿勢のイメージを、掌を身体の動きに見立てて、示しながら説明していた。

「跳躍の頂点がバーの真上から多少ずれていても、空中の姿勢が良ければバーを落とさずに抜けられることがあります。特に、跳躍の頂点がバーより手前にきてしまっているときは、そのまま足を伸ばしていてはバーに引っかかってしまいます。そういうとき、手前に残っている足を体に引きつけるような姿勢をとると抜けられますね。そういう、バーに触れにくい姿勢というのがあるんですよ。今日の練習は、そこに突っ込んでやりました」と福間氏。

鈴木は、空中での体の処理を、2m00を越える跳躍をするためのポイントになると考えている。

良い跳躍は、上から見ると、踏み切りからバーを越えて体が下りるまでの距離がある。バーの高さを越えるだけでなく、バーの手前から向こう側へ体が空中を大きく移動するようなスケールの大きい跳躍ができると、体がバーに当たることが少なくなるという。
しかし、踏み切りのタイミングをあわせようとすると、どうしても鉛直に上がりたい気持ちが生じてしまう。
「跳躍そのものは悪くないのにバーにあたってしまうことが多い」と感じていた鈴木は、福間氏との練習のなかで動きを確認し、「上に上がろう、上がろう」という意識が強かったことに気がついた。

アドバイスを受けた後、鈴木の跳躍は、その前とは明らかに違うものになった。
福間氏が言葉で示したものを、体の動きで実現させようとしていることが分かる。
福間氏は、「鈴木は、言われたことを体で表現できる身体能力の高さがありますね。頭もいい。僕が言ったことに疑問が沸いて、それを解消をしたいときは、突っ込んでいろいろ質問してきます。
言葉で上手く説明しきれないときは、i-phoneで映像を持ち出してきて、自分の動きがどの選手に動きに近いのか確かめたり…。
鈴木はバーの前に立ってイメージをつくり、戻ってきて跳ぶと、言われたことができたりするんです。普通のの高校生では同じようにはできません。鈴木は、打てば響くんです」と話す。
鈴木は、「修正の方向性が自分にあったものでないと、練習の時間がもったいないんです。世界一の選手の跳び方を真似しても、それが自分にあったものかどうかは、分かりません。自分にあったものを見つけることが大事です。技術性の高い競技は、そこが難しいんです」と指摘する。
修正方法は、自分一人で考えてもアイデアが浮かばないこともある。自分で判断すると、間違った方向に修正をしてしまう危険性もある。福間氏に跳躍をみてもらい、自分にあった修正の方向性を示してもらうことで、技術の調和が大きく崩れることはないという。

■自信をもって跳べ

福間博樹氏-撮影-河原由香里
福間博樹氏-撮影-河原由香里

6月初旬、鈴木は、大阪で開催されたジャパンパラ陸上競技大会に出場した。記録は1m85。この時点では、まだ、2m00を跳べる状態まで仕上げてはいない。
過去3度出場したパラリンピックだが、鈴木は、「パラリンピックの開催年で、調子の良かった年はなかったんです」と振り返る。
2012年のロンドンは、膝の痛みから解放され、不安のない状態で臨めるかたちとなり、これまでのパラリンピックとは異なる感覚をもっている。
「技術的な課題よりも、自信を持ってロンドンに乗り込むことが大事だと思います」
コーチの福間氏は、こう話す。
“今回は、いける!”
“練習でやるべきことをやってきた”
“負ける気がしない”。
そういう精神状態で臨めば、鈴木にとって最高の結果が出ると考えている。
走り高跳びは、徐々にバーの高さをあげて勝負する競技だ。成功して、次の高さの跳躍に挑むまでの間にも匙加減のような微修正は必要になる。
勝敗を分ける高さに挑むとき、自分のもっている技術の最高の調和をつくりだすには、精神的な強さも必要だろう。
「勝負どころで、ここ一番の跳躍をしたい」。
その目標を目指して、鈴木は自分に必要なものを備えて、ロンドンに向かう。
4度目の勝負の舞台まで残りわずかな月日、鈴木の調整は続く。

取材・撮影/河原由香里
写真提供/MA