車いす(T54クラス)生馬知季選手

 コロナ禍の中、東京パラリンピックは8月24日の開幕に向けて準備が進められている。日本代表選手たちは今、本番に向けた最終調整をしている段階だ。

 パラ陸上・車いす(男子T54クラス)の生馬知季選手(29歳、GROP SINCERITE WORLD-AC所属)は、今大会のパラリンピックの日本代表に選出された。パラ陸上世界選手権など他の国際大会での日本代表経験はあるが、パラリンピックは初出場となる。8月初旬、兵庫県で合宿中の生馬選手にオンラインで取材し、日本代表選出やパラリンピックに向けた思いを聞いた。

―まず、パラリンピック日本代表選出、おめでとうございます。ずっと目標に掲げてきたパラリンピック出場が実現しますね。率直な感想を教えてください。

生馬:日本代表が内定して本当に嬉しいです。ほっとしたという気持ちもありました。

パラリンピックに出場したいという気持ちは強くありました。ただ、個人の成績をみると、2021年4月1日までに世界パラ陸上競技連盟(WPA)の24カ月ランキングで6位以内に入るという日本代表推薦の条件は満たすことができませんでした。

出場可能性のある種目としてユニバーサルリレー(視覚障害、立位の切断・機能障害、脳性まひ、車いすの選手が男女2人ずつ、計4人の選手で構成したチームによる100m×4のリレー種目)がありますが、このメンバーとして選ばれるかどうかも分からない状況でした。

パラリンピックの日本代表推薦者が発表される時期が7月初旬と伺っていて、その頃の数日間は緊張して、あまり眠れない夜を過ごしていました。その分、日本代表推薦の内定をいただいた時は、本当に嬉しかったです。

―念願を叶えましたね。生馬選手にとって、パラリンピックはどのような大会なのですか。

生馬:パラスポーツの選手として、これまでずっと目指してきた舞台です。新型コロナウイルス感染症の影響で無観客になる可能性はありますが、自分の中での位置づけは変わりません。楽しみですし、期待を持っています。

パラリンピックに出場経験のある選手からは、世界選手権など他の国際大会と比べて、パラリンピックは雰囲気も緊張感も違うと聞いています。そういう中でも、自分は冷静に走ることができたらと思っています。そのためには、大会までにしっかり準備をして、自信をつけることが大事だと思っています。

―初出場が決まるまでの過程は、厳しい道のりだったと思います。生馬選手が日本代表推薦を獲得するチャンスとしては、2019年11月にドバイで開催されたパラ陸上世界選手権の個人種目100mで4位以内に入るという条件を満たすことがありました。

しかし、残念ながら世界選手権ではこの条件を満たすことができませんでした。その後、新型コロナウイルスの感染拡大により、パラリンピック開催が1年延期にもなりました。ご自身では、世界選手権以降の期間、どのような目標を立てて、取り組んできましたか。

生馬:2019年の世界選手権以降、当初の計画では、2020年にオーストラリアの大会とドバイの大会に出るつもりでした。100mの記録更新をして、パラリンピックの日本代表選考に関わるWPAの100mのランキングの順位を上げようと考えていました。

記録更新だけでなく、海外のトップ選手と走る経験も積みたいと思っていたんです。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大があり、海外遠征に行くことができませんでした。

世界のトップ選手が出場する海外の大会は、国内の大会では味わえないものがありますので、それができなくなったことが自分の中では影響が大きかったです。

2020年の1年間は、国内で開催されたパラ陸上の大会で記録更新を狙うことにしました。ただ、大会のたびに記録を狙いにいく1年だったので、ずっと緊張がありました。秋以降は疲労が出てしまい、なかなか調子が上がりませんでした。自分で走っていても、調子が上がっていないのを実感することが多かったです。

―東京パラリンピックの日本代表にはユニバーサルリレーのメンバーとして選出されました。ただ、エントリーの標準記録を突破している種目は出場が認められていますので、個人種目の100mも出場ができると思います。パラリンピックの100mについて、目標はありますか?

生馬:100mの目標は決勝進出です。しかし、決勝進出を狙うならタイムは14秒フラット、メダル獲得を狙うなら13秒台を出さないと難しいです。そのタイムを出すことは、現在の実力からいうと厳しいと考えています。今年7月に兵庫県で開催された大会で、100mは14秒18を出し、自己ベストを更新しました。それでも14秒フラットまで0.18あります。約0.2秒ですが、これはレーサー(陸上競技用車いす)でいうと1台分ほどは空いている差になります。

タイムを少しでも縮めるには、自分の走りの長所であるスタートダッシュを磨くことだと考えています。スタートからいかに早く、自分の最高速度に乗せられるか。本番までの期間は、そこに注力して調整したいと思っています。

―ユニバーサルリレーのメンバー間での調整はいかがですか。

生馬:これまで何回か合宿をする中で、タッチワークの練習をしてきました。4人の走者がどういうメンバーの組み合わせになっても、上手くできる手ごたえを感じています。

車いすの選手は第4走を任されますが、本番では、自分か、鈴木朋樹選手のどちらかが走ることになると思います。もし、自分が出ることになったら、メダル獲得に貢献できるように全力の走りをしたいと思っています。

―気が早い質問になってしまいますが、東京パラリンピックから先のことについて、考えていることはありますか?

生馬:まず、来年に神戸で開催されるパラ陸上の世界選手権に出場したいと思います。

パリで開催予定の次回のパラリンピックは、今回よりもさらに厳しい選考になると思いますが、100mの選考条件を突破して出場したいです。陸上競技を続けている限り、常にパラリンピック出場は目標にしていきたいと思っています。

―競技歴や年齢的に、パラ陸上の選手の中では「中堅」と位置付けられる立場になってきていると思います。そうした立場や役割について考えることはありますか。

生馬:自分自身ではまだまだ知識や経験は不足していると感じているんですが、これまでの競技人生で得たことを、若い選手に伝えていきたいという気持ちは強いです。

自分が競技を始めてからこれまで、ベテランの選手から知識や技術をご教示いただいて、ここまで来れたと感じています。ですから、これから陸上を始める選手やすでに始めている若い選手たちに、自分が得たことを還元していきたいと考えています。

若い選手たちがこれから力をつけたら、自分も国内で競いあえます。そうなることを、純粋に楽しみにしています。

―若い選手が成長してライバルになったら、ご自身も刺激を受けて成長できると考えているんですね。

コロナ禍の開催となりますが、パラリンピックは注目度の高い大会だと思います。車いす陸上を知らない人に知っていただき、興味を持っていただく機会にもなると思います。生馬選手の活躍を期待しています。(了)

聞き手・執筆:河原レイカ

写真提供:小川和行