国立競技場の外観

「政府が五輪を開催しようとしていることについて、私の周囲では疑問の声が上がっています。あなたは、パラ推進の活動をされていると思いますが、どう感じていますか?」

5月の大型連休中、20年来付き合いのある友人からLINEにメッセージが入った。私も彼女も東京都内に住んでいるものの、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、この1年は直接会うことを控えている。月に1度か2度、互いにLINEで近況を知らせあう状態が続いており、話題は韓流ドラマのお勧め作品やイケメン俳優だったり、ミャンマーの情勢など海外の社会問題だったりと多様だった。5月初旬に届いたLINEは、五輪開催に関するメッセージ。彼女が最近、気になっている話題が、東京五輪開催の是非なのかもしれない。

今夏の東京五輪開催について、疑問の声が上がっている。
これは、私に連絡をくれた友人の周囲の人々だけの話ではない。元日弁連会長の宇都宮健児氏が発起人となり、5月5日から五輪中止を求めるオンラインの署名活動が始まった。開始後3日で24万筆以上の署名が集まっているという。オンライン署名のサイトを見ると、赤い背景に黒い文字でくっきりと書かれた言葉が目に飛び込んできた。
人々の命と暮らしを守るために 東京五輪の開催中止を求めます」。
「人々の命と暮らし」という言葉を前にすると、何も言えなくなりそうだ。今、私に言えることは一体、何だろう。

私は、2020年の東京パラリンピック開催を楽しみにしていた。
初めてパラリンピックを観戦したのは、2004年、ギリシャで開催されたアテネ大会だった。視覚障害者柔道の試合で、足技が綺麗に決まった瞬間を見た時、全身がしびれるような爽快感を感じた。他の競技や種目を見てみたいと思うようになり、車いすバスケや陸上などの国内大会へ足を運ぶようになった。陸上の走り幅跳びで、義足の選手が踏み切り、空中にふわりと浮くような跳躍を目の当たりにした時も驚き、感動して、言葉にならない声が出た。
すごい! 面白い! ワクワクする!
頑張っている選手たちに声援を送りたい。
そういう気持ちを、より多くの人たちと共有できたらいい。
そんな思いが、障害者スポーツの情報発信サイト「パラスポ!」の活動を続けてきた基盤にある。

パラリンピックは、4年に1度開催されるパラスポーツの世界最高峰の大会と位置付けられている。国際大会は各競技の世界選手権など他にもあるが、多くの選手たちにとってパラリンピックは特別だ。国内外の選手たちが心身を最高の状態に整えて臨んでくる。
テレビや新聞などにも大きく取り上げられ、注目度は高い。自国開催のパラリンピックとなれば、これまで以上に注目度は高まるだろう。出場する選手について知ってもらえるだけでなく、新たな選手の発掘に繋がったり、選手のスポンサーとなる企業が増えるなど、練習環境がこれまで以上に良くなることが期待できる。これまで経験がなかった人がスポーツに挑戦するきっかけをつくるかもしれない。東京パラリンピック開催により、そうした効果が生じることを期待していた。

命や暮らしは、何よりも優先されなくてはならない価値がある。これを否定する人はいないだろう。五輪中止を求める署名が多数集まっているのは、このまま五輪を開催したら、命や暮らしを守れなくなるという危機感を感じている人が多いということだろうか。

友人からのLINEに、どのように返信をしたらよいかを考えている。
私自身が「五輪中止に賛同しますか?」と尋ねられたら、どう答えるか。
逆に、「五輪開催を支持するのか?」と尋ねられたら、どうなのか。現時点で、私は、五輪開催について「中止すべき」とも「中止すべきではない」とも言えない。ただ、開催するにしても、中止するにしても、多くの人が納得できるような説明が必要だと思っている。

自分が見聞きして、実感したことなら、言える。
パラスポーツは、面白い。もっと多くの人に知ってほしい。パラリンピックは、パラスポーツの世界最高峰の大会であり、他の国際大会よりも素晴らしいパフォーマンスを観ることが期待できる。パラスポーツの競技への認知向上や普及につながる大きな機会になっていると考えている。

選手は、それぞれの競技や種目において、自分にできる最高のパフォーマンスを追求している人たちだと思う。パラリンピックの開会式は8月24日に予定されており、残り100日ほどになっている。日本代表選手に内定した選手たちは、パラリンピックが開催されることを想定して準備を進めているはずだ。開催か中止か議論があるにしても、日本代表内定選手たちが今、取り組みたいと考えている準備が十分にできる環境が保たれるように願っている。

私個人は、今夏の東京パラリンピックが開催されても、中止をされても、パラスポーツを応援していく気持ちは変わらず、持ち続けていくつもりだ。

(文・河原レイカ)
 (写真提供:小川和行)