最寄り駅から歩いて帰宅する途中、小さな書店のガラス窓に、「No」から始まる3つの言葉が掲示されているのが目に入った。

「No Olympic」

「No Paralympic」

「No Pandemic」

東京オリンピック・パラリンピック開催に反対する意思を表明したものだろう。新型コロナウイルスの感染爆発(Pandemic)に対する「No」は、オリンピック・パラリンピックを中止することで「感染を止めてほしい」「抑制してほしい」ということかもしれない。

政府は7月12日、東京都に4回目の非常事態宣言を出した。さらに7月30日には、埼玉、千葉、神奈川、大阪の4府県を追加すると発表。同宣言の期限は8月31日までとしている。

電車内や繁華街では、不要不急の外出などを自粛するようアナウンスされている。しかし、1年以上繰り返されてきた自粛要請の言葉は、街に出ている人々には聞き流されているようだ。緊急事態宣言が出された日の翌週、所用で渋谷と新宿に出かける機会があったが、駅の周辺は人出が多く、混雑していた。

感染対策の一環として、重症化を抑えるワクチンの接種が進められている。しかし、日本の接種率は7月22日時点で人口の約20%。国民の大半は、まだこれからという状況だ。

そんな中、7月23日にオリンピックが開幕した。約1カ月後、8月24日にはパラリンピックの開幕が控えている。

朝日新聞が7月半ばに実施した世論調査では、東京オリンピック・パラリンピック開催に反対が55%で、賛成33%を上回る結果が示された。積極的に「No」を表明しないまでも、開催の賛否を尋ねられたら、「No」を選ぶ人は少なくないようだ。

店主がガラス窓に「No」を掲げた詳しい理由は分からない。店舗は営業時間外のために灯りを落としており、人の気配はなかった。

私は、2004年のアテネ大会から、パラリンピックの競技や選手についてインターネットのウェブサイトやSNSを通じて情報発信をする活動を続けてきた。パラリンピックの開催地が日本に決まった2013年以降、一般の新聞やテレビ、雑誌などで競技や選手が取り上げられる機会が格段に増えた。企業にアスリートとして所属する選手の数も増え、日本代表選手に選ばれるような選手の練習環境は以前と比べると良くなっていると感じていた。これらはパラリンピック招致の「効果」だと思っていた。

 実際にパラリンピックが日本で開催されれば、世界のトップアスリートのパフォーマンスを観てもらえる。競技の面白さ、奥深さを知っている人が増えることは、競技の普及や選手たちの支援にさらにつながると期待し、2020年を楽しみしていた。

 しかし、新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延により、パラリンピックは1年延期となった。今夏の開催に対しても反対する声は少なくない。

大会開催に伴う感染拡大の懸念、緊急事態宣言の延長による飲食店などへの影響などを考えると、私がパラリンピックの効果として期待していた「競技や選手を知ってもらえる」「実際に競技を観てもらえる」などということを口にするのが憚られる気がしてくる。

 一方、パラリンピック開催に向けて準備は着々と進んでいる。日本パラリンピック委員会は、パラリンピックに出場する日本代表選手を発表した。代表選手たちは今、約1カ月後に予定されている大会へ向けて調整を続けているはずだ。

 オリンピックは主要な会場が無観客となったが、パラリンピックの観客動員についてはまだ、どうなるか分からない。柔道や水泳、体操など特に注目を集めるオリンピックの競技は連日、テレビで中継されているが、パラリンピックの競技についてはどの程度、中継されるのか、私は知らない。

私は、2004年のアテネ、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロのパラリンピック3大会を現地で観たが、これらの大会と今夏の東京パラリンピックは異なるものになるのかもしれない。

 「No」が掲げられたガラス窓の前で立ち止まり、これから先、私がどうしたいのかを考えた。

障害者スポーツ(パラスポーツ)の情報発信を続けてきたのは、私自身が競技や選手を観て感じたことがあり、それを他の人にも伝えたいと思ったからだ。

新型コロナウイルスが感染拡大し、パラリンピックが当初計画されていた形での開催が難しくなっても、その気持ちは変わらない。今夏の東京パラリンピックがどのような大会になったとしても、パラスポーツの競技や選手を知ってもらうために、自分にできることを続けていくだけだ。

河原レイカ