「東京パラリンピックの開催が楽しみです」
1年前には、誰の前でも気兼ねすることなく、そう言えた。しかし、今は、そうではない。楽しみにしていることに変わりはないが、それを気軽に口に出せない。積極的に口にするのは不謹慎な気がしてしまう。

12月26日。東京都が発表した新型コロナウイルス感染症の患者(速報値)は949人となり、900人を超えた。感染拡大は全く収まる気配がない。特に11月から12月にかけては、患者数が過去最多を更新することが珍しくなくなっている。
重症化すると命を落とす危険性がある感染症だ。患者数の最多更新をニュースで目にすると、気持ちが沈む。

先日、インターネットで、“東京五輪・パラ「中止すべき」が「開催すべき」を上回る”という記事を読んだ。この見出しを読んで、私は「やっぱり、そうなのだ」と思った。
掲載されていたのはNHKが12月に実施した世論調査(対象2164人、回答1249人)の結果だった。2021年に延期された東京オリンピック・パラリンピックの開催について尋ねたところ、「開催すべき」27%、「中止すべき」32%、「さらに延期すべき」31%だったという。

オリンピック・パラリンピックは、4年に1度開催される国際的なスポーツの大会だ。前回、2016年にブラジルで開催されたリオ・パラリンピックには160以上の国・地域が参加し、約2週間の大会期間中に22競技が実施された。2021年に延期された東京パラリンピックも22競技が予定されている。各国から代表選手やコーチ、トレーナーが日本にやってくる。選手の応援や競技の感染を目的に日本へ渡航する人もいるだろう。
新型コロナウイルスの感染拡大が今後どのようになるかは、分からない。ただ、感染拡大が続いている今、オリンピック・パラリンピックの開催について尋ねられたら、私自身、観戦の楽しみより、感染拡大のリスクが気になってしまう。「中止」や「延期」の選択肢が頭をよぎる。

感染患者の増加に伴い、重症者も増えている。医療現場で働いている人は、高い緊張感の中で仕事をしているに違いない。感染リスクの高い高齢者が入所している施設では、感染予防の徹底に注力しているだろう。
観光業や飲食業をはじめ様々な業界が、この感染症による打撃を受けている。仕事を失った人、収入が激減した人もいるだろう。

2020年4月から5月にかけて、日本政府が発した「緊急事態宣言」により、特に必要でない、急ぎでない目的の外出は自粛するよう求められた。外出自粛に協力を求める政治家の口から「不用不急」という言葉が連呼された。
スポーツをすることや、スポーツを観ることは「不用不急」に当たるのかもしれない。
「東京パラリンピック開催を楽しみにしています」などと口にしたら、新型コロナウイルス感染拡大に伴う深刻な状況を、あまりにも軽く捉えていると思われてしまうではないか。
見えない圧力を感じてしまう。

一方で、新型コロナウイルス感染症の問題があるから、パラリンピックは中止すべきなのか。感染症の問題が解決するまで、パラリンピックは延期すべきか。そう考えて本当に良いのか、自問してみると、すっきりしない。
オリンピック・パラリンピックを中止・延期することで、大勢の人が集まる「密」を避け、「感染拡大防止」という効果は得られるかもしれない。しかし、中止・延期したら失うものもあるだろう。

私は、2004年にギリシアのアテネで、パラリンピックを初めて観戦した。視覚障碍者柔道の試合で、選手の足技が綺麗に決まった瞬間を見て、体が震えるほど感動した。
パラリンピックの競技や選手についてもっと知りたいと思ったが、テレビや新聞の報道はまだ少なかった。障害者スポーツについて「もっと知りたい」と思い、私が知った面白さを誰かと共有したいと思った。それから、障害者スポーツの国内大会に足を運び、選手を取材して情報発信するようになった。それが今の障害者スポーツ情報ウェブサイト「パラスポ!」の活動につながっている。

インターネットの普及に伴い、選手個人や障害者スポーツの競技団体がウェブサイトやSNSで情報発信することは以前よりも格段に増えた。2013年に2020年の東京パラリンピック開催が決定して以降は、テレビや新聞などの報道も増えた。一般の人の関心も高まってきたと感じていた。
障害者スポーツをきっかけに、選手の身体の動きから障害への理解を深める人、施設のバリアフリー化に目を向ける人などもいるだろう。パラリンピック開催に向けて日本代表選手の練習環境の整備が進むことは、障害があってもスポーツができる環境が社会の中で拡がることにつながる気がする。いよいよ2020年。パラリンピックイヤーを迎えた。
障害者スポーツの競技を実際に見て、知ってもらえる。これまでにない機会が訪れる。私は、それを楽しみにしていたのだ。

人の心身の健康を害したり、命が脅かされることは避けなければならない。それは、スポーツだけでなく、日々の生活の様々な場面で前提にしなければならないことだろう。日々の生活を安全、安心に送れるから、スポーツをすることができ、観戦を楽しむこともできる。
2021年夏に延期された東京パラリンピックについて、競技スケジュールは示されているものの、各競技がどのように実施されるのか。どのような形で観戦を実現するのか、新型コロナウイルス感染対策をどのようにするのか。
詳細は明らかにされていない。
今後の感染拡大の動向も影響するだろう。

現時点で、私は、東京パラリンピックについて、「開催すべき」、「中止すべき」「延期すべき」いずれも選べない。
ただ、パラリンピックを「今は、必要ないものだ」とは位置付けたくない。東京パラリンピック開催を楽しみにする気持ちは、心の中に持ち続けていたいと思っている。

(執筆:河原レイカ)