1500m世界新記録を出した佐藤

1500m世界新記録を出した佐藤

関東パラ陸上競技選手権大会(町田市立陸上競技場)2日目、
気温は30度を超えていた。
時刻は14時30分をまわり、一日のうちでもっとも日差しが強い時間帯。
陸上競技場のトラックは、太陽の光を受けてギラギラと光っていた。

トラック種目は、車いす男子T52クラス 1500m
出場するのは、佐藤友祈選手(WORLD所属)、ただ一人だ。
佐藤の他には誰もいないトラック約3周のレースが、静かにスタートした。

私は、ゴールラインが正面に見える観客席に腰かけた。
トラックよりも高い位置にあるせいか、時折、肌に心地よい風が通り抜けていく。
選手が走っているトラックと比べると、日陰に入っている観客席の気温は2度か3度、低い気がする。
水分を補給し、ほっと一息をつきながら、観客席とは反対側のスタート地点から動き出した佐藤に目をやった。

競技用車いす(レーサー)の車輪の外側に付いているハンドリムを、佐藤の手が押し出すように漕いでいる。
1、2、3、4、5、
佐藤の漕ぎが5回目を過ぎたあたりから、レーサーの走りがスピードに乗った。
スピードが滑らかに上がっていく。

淡々と漕いでいる佐藤は、
地面からの熱も、
吹いている風も、
あまり気にしていないのかもしれない。
何かに向かって、一心に進んでいる。

400mの通過タイムがアナウンスされ、世界記録更新ペースであることが告げられると、
のんびりと眺めていた観客の間に、ささやかな緊張感が拡がり始めた。

佐藤は3分30秒29のアジア記録保持者だ。
アメリカのマーティン・レイモンド選手が保持している世界記録(3分29秒79)を、
狙って走っているのかもしれない。

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「もしかすると、好記録が出るかもしれない」
そんな期待が膨らむ一方で、
「いやいや、この暑さだ」
「一人でのレースで、このままスピードを維持できるだろうか」
気象条件や、一人でのレースであることなど、
記録を更新するには不利な条件が頭に浮かぶ。

だが、2周目を過ぎても、佐藤のスピードは落ちなかった。
私は、カメラを手に取り、観客席の階段を一気に降り、
トラックのゴール地点の先に用意されている撮影エリアへ走った。

「もしかすると」と思っていたことが、現実になろうとしていたが、
にわかに信じられない。

ただ、その瞬間に立ち会えることは、すごいことだ。
それは間違いない。

佐藤の1500mの記録は、3分25秒08。
世界新記録が生まれた。

この後、佐藤は400mにも出場し、
55秒13の世界新記録をマークした。

(取材・撮影:河原レイカ)