立つ時、歩く時、自分がどのように体を使っているのかを、私は特に意識しない。
その時の感覚と言われても、無意識に動かしている体の感覚を説明するのは難しい。
私自身、自分の体の感覚をしっかり掴めているのかどうかは分からない。
床にお尻をつけて両足を伸ばして座り、足の指をギュッと握り、パッと開いてみた。
頭の中で思い描いた動きと、自分の足の指の動きはまったく同じというわけではなかった。
だが、鈴木の言っていた「体の使い方を掴めていない」とは、違うだろう。
足に不自由がない私は、自分で意識して足を動かす時、足がこう動くという感覚を知っている。
陸上競技用の車いす(レーサー)に乗っている時、鈴木の足は座席のシートに隠れて、ほとんど見えない。
日常生活用の車いすに乗っている時、鈴木は足を揃えて座っている。
これまで取材してきた中で、私は、その足に特に注目したことはなかった。
鈴木の足について考えた時、思い浮かんだのは、レーサーから日常生活用の車いすに乗りかえる瞬間に見た足だ。
鈴木が手で足を持ち上げた瞬間、その足の細さと軽さに驚いた記憶がある。
両腕の筋肉が増し、胸板が厚くなっている上半身とは対照的で、筋肉はほとんどついていなかった。
マリオネットの人形の足のように、細い棒がだらりと垂れているように見えた。
その足を、鈴木はひょいっと持ち上げて移動させていた。
「車いすに乗って日常生活をしていると、足を使う必要はないんです。
ですから、自分は今まで、下半身を何も使わないものだと思っていたんです。
使う必要はないのだから、筋肉を減らして体を軽くしたほうが、走りの動きが良くなるんじゃないかと思っていたくらいです」
これまで「使わない」「必要ない」と思っていた足、下半身。それらを使う理由を、鈴木は見つけたのだろうか。
細い棒のような足を思い浮かべながら、私は尋ねた。
「朋樹さんの足は、自分自身で動かしている感覚があるのか。それとも、そういう感覚は全くないんですか?」
鈴木の瞳がわずかに動き、一つ瞬きをした。宙を見据え、自身の足の状態をどう説明したら分かりやすいのか、考えているようだ。
「足の一部について、ここに力を入れてくださいと言われても、自分でどう力を入れたらよいのか、力を入れることができているかどうかは分からないです」
力の入れ方も、力を入れることができているかどうかも分からない。その足で、これまで経験したことのない感覚を掴むことができるのだろうか。私の疑問は、言葉にする前に顏に表れていたようだ。それを察したのか、鈴木は話を続けた。
「2017年の世界選手権が終わった後、知り合いの方に紹介していただいたトレーナーに、自分の体の動きを見てもらったんです。
その時に、自分の体の動きは、両肩の間、横の軸で体を支える動きになっていると指摘されました。
体全体を使って走るには、縦の軸、体幹で体を支える必要があります。
体幹で体を支えるには、骨盤が重要です。
骨盤を支えるためには、足を鍛えておかないといけない。
障害がありますから、足を使う感覚を掴めるかどうか分からなかったんですけど、まず、足を使うところに意識をもってやってみようという話になりました。
横の軸になっていた動きを、体幹を活かした縦の軸の動きにセットし直す。リセットすることにしたんです」
(つづく)
(取材・執筆:河原レイカ)
(写真提供:小川和行)