【連載・第4回】
日常生活用の車いすに乗って入ってきた生馬は、以前より、顎のラインがスッキリして見えた。
左胸にWorld-ACの文字が入った半袖から、一回り太く丸みを帯びた上腕が覗いている。
胸の周りも以前より厚みを増したようだ。
上半身の筋肉が増して、体全体が大きくなった分、顏がシャープに見えた。
筋力アップなどの体づくりを始めているのだろう。
2019年のシーズンに向けて、生馬は着々と準備を進めている。
生馬の自信の源は、何なのか。
私は、それを探しに岡山まで訪ねて来た。
World-ACへの所属は、生馬にとって一つの転機となったはずだ。
彼の自信は、急に芽生えたものではなく、この3年間、トレーニングを積む中で、徐々に培われたものかもしれない。
「和歌山に居た頃と、今とを比べて、1回の練習量や体への負荷の掛け方は、それほど違いがあるわけではないと思うんです。ただ、以前は、パラリンピックという大きな目標があるだけで、そこまでどのように行きつくかプランを立てられていませんでした。以前と比べて大きく変わったのは、目標の立て方や練習の組み立て方です。いつまでに、何を、どの程度、達成していけばよいのかを考えられるようになりました」
サポート体制があることで、安心して練習に取り組めるようになったのだろう。
整った練習環境の中で自分の成長を実感し、「このままここでトレーニングを続けていけば、さらに記録を伸ばしていける」と思えるのかもしれない。
私は、生馬が走る姿を思い浮かべた。
スタートから飛び出して、他の選手に差をつけ、序盤の貯金をそのまま維持してゴールする。
以前の生馬は前半勝負の選手だという印象が強かった。
しかし、2018年のシーズンは違う。
スタートから飛び出すのは変わらないが、徐々に加速して伸び、中盤から後半にかけて差をつけるようになっている。
「今シーズン、生馬さんの走りを観ていて、後半の加速が、昨年よりも伸びている気がするんです」
私の言葉は、質問ではなく、感想になってしまった。
取材者の目で見た生馬の走りの変化を挙げるとしたら、後半の加速だ。
「以前は、レーサーを腕だけで漕いでいるイメージで走っていたんです。腕にすぐに乳酸が貯まってしまい、100mも後半はばててしまって、走りが伸びないパターンでした。今は、後半まで力を温存することができ、しっかり力を出せるようになっています。腕だけではなく、体の使えるところが以前よりも格段に増えているんです」
高松市の屋島レクザムフィールドで声を掛けた時、生馬は「今後の自分に期待している」と口にした。
以前は掴めなかった体の動きのイメージを、今は、手に入れている。
そのイメージを、自分の体で実現できているのだろう。
ただ、「これまで使っていなかったところが、使えている」というのは、一体、どういうことなのか。
特別に鍛えた箇所があったのか。トレーニングを工夫したのだろうか。
「骨折をして入院していた期間中も、体の動かせる部分はトレーニングをしていたんです。具体的にいうと、腹直筋と腹斜筋を鍛えていました。今は、週1回、ピラティスを習っていますし、自宅でもストレッチポールを使ったりして体幹のトレーニングをしています。一番の気づきは、そうした体幹を意識したトレーニングを通して、自分の体の中で、力がつながって伝わっていくイメージを感じられるようになったことです。背骨の下から上へ力が伝わっていき、肩から腕、そこから手の先へ進んで、レーサーを漕ぐ時の瞬発力に変えられるイメージを持てています。実際にそういうイメージで体を動かせるようになったことが大きいです」
走りの変化を説明する生馬の言葉に、陸上を楽しんでいる雰囲気が漂った。
心の底から、ワクワクしているのだろう。
誰よりも強く、生馬自身が、今後の成長の可能性を信じている。
これから先、生馬がどのように変化していくのか。思い描いているイメージを知りたくなった。
「生馬さんが目指している100mの理想の走りは、どのような走りなんですか?」
生馬は、「言葉で説明するのは、難しいんですけど…」と言い、少し黙って考えていた。
「フィンランドのレオペッカ選手の走りが、理想だと思うんです」
生馬が挙げたのは、T54クラス100mの「世界最速の男」、レオペッカ。
2020年の東京大会でパラリンピック5連覇が掛かる選手を、生馬も追いかけている。
2019年は、パラ陸上世界選手権大会がドバイで開催予定だ。
生馬が100m決勝に進出すれば、レオペッカと競いあうことになるだろう。
自分の走りがどこまで通用するのか、確かめる機会になるかもしれない。
100m決勝のレースを終えた時、生馬は、何を話すだろうか。
2020年東京で「世界最速の男」に挑むために、自信が滲む言葉を聞いてみたい。
(了)
(取材・執筆:河原レイカ)
(写真提供:小川和行)